BRIEFING.456(2018.01.18)

事情補正の一方向説と双方向説(1)

価格を求める不動産鑑定評価の手法の1つ、取引事例比較法においては、事例の選択に際し一定の要件(事例選択の4要件)を満たす事例を選択しなければならない。その要件の1つは「取引事情の正常性又は補正可能性」である。その上で、取引が「特殊な事情を含み、これが当該取引事例等に係る価格等に影響を及ぼしているときは適正に補正しなければならない」とされている。

この補正は「事情補正」と言われる。

事情補正に当たっては、その取引が「どのような条件の下で成立したものであるか」を調査しなければならないが、現実には困難で、仮に分かったとしても、それが価格にどの程度の影響を及ぼしたかを推し量ることは難しい。したがって、特殊な事情を含む事例の多くは「補正可能性」に欠け、取引事例比較法において選択し得ないこととなる。

一方、取引の多くは特殊な事情を含み、むしろ含んでいるのが普通と考えてもおかしくない。そこで実務上は、かなり緩く「事情の正常性」を認めたり、「補正可能性」ありとした上で「事情補正」を施すことになる。

だが、その補正の程度(影響の程度)を判定することが難しいのは前述の通りだ。

しかし不動産鑑定評価基準が、「補正可能性」を認めて選択した事例について「適正に補正しなければならない」と明言していることからも判るように「事情補正」が可能な場合もあると考えていることは論を俟たない。

だが、それを可能とするためには、取引当事者の主観や経営判断をも測ることのできるモノサシが必要であろう(この点「補正率査定主義」を排し「相場逆算主義」(BRIEFING.390参照)を採るなら不要だが)。

ところで、不動産の価格形成要因には、地域要因と個別的要因があるが、取引事例比較法において、両方を一度に比較するのは困難である場合が多いため、一般には、取引事例の個別的要因を「標準化補正」によって排除し、地域要因の比較のみによって近隣地域の価格水準(=標準画地価格)を求め、それに対象不動産の個別的要因を加味することによって対象不動産の価格が求められる。

それならば、特殊な事情についても「事情補正」によって排除するのみではなく、加味することによって一定の事情を含む場合の対象不動産の適正な価格(正常価格ではないが)を求められないだろうか。そしてそのような需要に応えることはできないだろうか。

鑑定評価によって求める不動産の価格は原則として正常価格である。しかし、特別な事情を含んだ売買、例えば、店舗の近くに駐車場用地を買う、余剰資金で収益ビルを買う、10日以内に自宅を売る、といったような場合の適正な価格が必要な場合もある。

「事情補正」が可能なら、その逆の「事情の加味」も可能とし、これに対応すべきである。

「事情の加味」などできるはずはないと言うのなら「事情補正」はもっと不可能なはずだ。前者は、事情内容の把握可能性が、後者よりはるかに高いと考えられるからである。


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