BRIEFING.463(2018.04.12)

敷金返還債務と不動産の価格

不動産を賃貸する場合、賃貸人は賃借人から、敷金(または保証金)として預かり金を受領するのが一般的であり、それは賃貸借の終了後、借主に返還されるのが原則である。その一部が約定により返還されない取決めの場合もあるが、その場合、それを除く部分が敷金ということになろう。

そして、賃貸されている不動産が売買された場合、買主、つまりその不動産の新所有者(=新賃貸人)が、敷金を返す義務(敷金返還債務)を承継するのが原則である。そこで売買に当たっては、売買代金とは別途、敷金の受け渡しが行われる。但し、それは売買代金の一部と相殺という形をとることが多いだろう。

なお、大阪では「敷金(返還債務の)持ち回り」と言って、敷金の受け渡しをせず、売買代金に織り込まれていると考える場合が多い。大阪方式とか関西方式等と呼ばれる。もちろん、売買契約に当たっては、いくらの敷金返還債務が付着しているかを明確にし確認する。

では、賃借人のいる「不動産の価格」とは、敷金返還債務を織り込んだ(控除した)ものを言うべきなのだろうか。それとも敷金返還債務を織り込まないものとすべきなのだろうか。

この点、貸借対照表上は後者である。土地・建物を資産の部の有形固定資産として、敷金返還債務を負債の部の固定負債として別々に計上する。したがって、大阪方式で売買されると、二重計上にならぬよう経理担当者は売買価格に織り込まれている敷金返還債務を分離しなければならない。

民事執行法による競売で(対抗しうる賃借権付着の不動産を)取得する場合は、敷金の受け渡しをしないのが前提で買受け価格が決まるので、一種の大阪方式と言える。なお、評価額にはこれを織り込む場合と、織り込まずに売却基準価格の段階で織り込む場合とがある。

不動産鑑定評価においては、別々に扱いつつ、誤解なきよう、敷金額を記載した上で「売買にあたっては敷金返還債務が売買代金から控除される」という意味の文言を付記するのが一般的だ。

但し収益還元法で敷金の運用益を考慮するなら、その返還債務も価格内に考慮すべき(控除すべき)と見る考え方もある。大阪方式の論拠でもある。直接還元法でもDCF法でも同様だ。さらに、考慮する(控除する)にしても実際の返還は将来のことだから、現在価値に割引いた額でよいとする考え方もあり簡単ではない。

なお、財務諸表のための不動産鑑定評価においては、最後に鑑定評価額から「処分費用見込額」を控除して「正味売却価額」を求めるが、この場合の「処分費用見込額」にも敷金返還債務は含まないと解される。「処分費用」と見て当然のようにも思えるが、それが固定負債として、有形固定資産(土地・建物)と別に計上されている以上、「不動産の価格」に考慮してはならない。

価格とは別物とすべき(@説)か、織り込むべき(A説)か、両説の主張をまとめると次の通りだ。

@別物説
 大阪以外では定着した考え方。貸借対照表上の取り扱いと整合性がある。

A織込み説
 新所有者(=新賃貸人)が承継するという原則に馴染む。競売の買受け価格の考え方。
 収益価格で敷金の運用益を考慮する以上、価格から控除すべき。

悩ましい問題だが、会計的には@、法的にはAと整理できそうだ。


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