BRIEFING.469(2018.05.28)

不動産鑑定評価における保守主義

「企業の財政に不利な影響を及ぼす可能性がある場合には、これに備えて適当に健全な会計処理をしなければならない」。これは企業会計原則の一般原則の1つ「保守主義の原則」である。だが、その理論的性格については否定的意見も多く「真実性の原則」と矛盾するとの考え方もある。

不動産鑑定評価基準にも不動産の価格に関する諸原則があるが、これらの中に「保守主義」やそれに類するものは見当たらない。しかし同基準を見渡せば、それを臭わす記述が見られる。たとえば以下の部分である。

●第5章第1節のT(対象確定条件)「・・利用者の利益を害するおそれがないかどうかの観点から当該条件設定の妥当性を確認し・・」
●第7章第1節のT(試算価格を求める場合の一般的留意事項)「・・投機的取引であると認められる事例等適正さを欠くものであってはならない。」
●第7章第1節のW(収益還元法)「・・取引価格の上昇が著しいときは、取引価格と収益価格との乖離が増大するものであるので、先走りがちな取引価格に対する有力な検証手段として・・」

不動産鑑定評価にも「保守主義」があるとすれば、それについて3つの方向性が考えられる。

(1)下方指向主義(常に安め)
(2)変動慎重主義(過去の水準維持)
(3)相対的保守主義(売るとき高め、買うとき安め)

(1)は、上方に慎重で下方を指向する態度を求めるもので、具体的には、取引事例比較法における高めの事例の排除、収益還元法における還元利回りの高め査定、原価法における積極的減価修正などを行うことがこれに当たる。地価の下落局面であっても上昇局面であっても安めに、ということになる。自己の所有する不動産の評価に際してこの立場を取れば、企業会計原則の「保守主義」と全く同じである。

(2)は、過去の地価相場の重視を求めるもので、具体的には、取引事例比較法における時点修正率の消極査定、高位・低位の事例排除などを行うことがこれに当たる。地価の変動局面において、下方にも上方にも慎重な態度ということになる。毎期継続して評価する場合に取り得る立場だ。

(3)は、立場によって方向性が異なるという考え方で、売主からの依頼なら(安売りせぬよう)高めに、買主からの依頼なら(高買いせぬよう)安めに、というもの。手堅い投資家の判断材料として有意だ。

しかし、不動産投資法人が(3)に従い手堅く評価をすれば、なかなか不動産の譲渡・取得ができず、返って出資者の期待に応えられない。むしろこのような場合には、一定のリスクを取った積極的な評価(譲渡価格・取得価格の合理性を示す評価でもある)が求められている。

ところで、IFRS(国際財務報告基準)に保守主義の考え方はない。但しこれに近い慎重性(prudence)の考え方はIFRSの指針「財務報告に関する概念フレームワーク」に示されている。2010年の改訂時には「中立性を損なう」として一旦削除されていたが、本年3月、再改訂で見直され復活したものである。その趣旨は「不確実な状況下では警戒心をもって判断を」というもので、保守主義とは異なるものであることが確認されている。

不動産鑑定評価にも慎重性は求められるが、保守主義は必要ないだろう。


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