BRIEFING.506(2019.07.29)

事例不動産にも求められる十分な調査

不動産鑑定評価においては、対象不動産の存する近隣地域の地域要因、対象不動産の個別的要因について、十分な調査が求められる。

具体的には、市区町村役所や法務局での調査、所有者等提出資料(竣工図面、賃貸借契約書等)の調査等によってこれを把握する。もちろん現地での実地調査(実査)も重要である。

現場での調査は、基本的に目視のみであるが、鑑定評価の依頼者、対象不動産の所有者・管理者等に立合いを求め、種々聞き取り調査も行う必要がある。その上で目に見えない様々な価格形成要因をも把握することができる。

所有者等が、対象不動産について全てを知っている訳ではないし、知っていても全てを語ってくれる訳ではない。それでも、現地で対話をする内に、建物の瑕疵や、住んでみなければ分からない周辺環境について判明してくることがある。

ところで、不動産鑑定評価に当たり、いくら対象不動産を精緻に調査してみたところで、その価格がどこかに書いてある訳ではない。屋根に上ってみても、壁を叩いてみても、天井をめくってみても見つからない。対象不動産のみを調査していても、決してその価格は出てこないのである。

対象不動産自らが価格を語ることはない。

それでは、価格という「数字」はどこから導かれるのであろうか。

価格を求める鑑定評価の手法の1つ「取引事例比較法」の場合、取引事例に見られる取引価格という「数字」が基礎となる。それを補正し、修正し、地域要因比較・個別的要因比較を行って対象不動産の「比準価格」という1つの試算価格が導かれる。

「収益還元法」の場合、事例に見られる利回りと賃料(対象不動産について判明しておればその賃料)等の「数字」から対象不動産についての「還元利回り」「比準賃料」等が求められ、計算によって「収益価格」が導かれる(「利回り」は統計やアンケート結果も利用される)。

「原価法」の場合、造成事例、建設事例等によって判明している造成費、建築費という「数字」が基礎となって「積算価格」が求められる(統計も利用されることが多い)。

そうすると対象不動産の鑑定評価額の正確性を支えるものは、対象不動産についての十分な調査に加え、それと同等の事例不動産についての調査である。いくら対象不動産について詳しく調査しても、事例不動産の調査が簡易であれば、地域要因の比較は不可能である。

例えば対象不動産が、過去に浸水した地域に存することが判明したとしても、地域要因を比較する上で、事例不動産の存する地域についても災害の発生の危険性を同等に把握していなければ比較できない。これを対象不動産の個別的要因と捉えたとしても、やはり事例不動産についても災害の発生の危険性を同等に把握しておかなければならないことに変わりはない。

だが現実には、事例不動産について冒頭述べたような調査は不可能であるし、仮に可能であっても、費用的・時間的に簡単ではない。

取引事例比較法では「まず多数の取引事例を収集」が求められ、次に「適切な事例の選択」が求められる。その間に「対象不動産に対するのと同等の調査」を加えねばならない。


BRIEFING目次へ戻る