BRIEFING.511(2019.10.01)

賃料に関する2つの「遅行性」

不動産の賃料、すなわち地代や家賃は「遅行性」を有することが知られている。

その原因の1つは、価格が「物理的・機能的・経済的に消滅するまで全期間にわたってそれを使用収益することの対価」であるのに対し、賃料は「上記期間のうち一部の期間についてそれを使用収益することの対価」である、という点である。

その結果、賃料は今の価値にのみ着目して形成され、価格は今から将来にわたる使用価値の現価の総和を念頭に形成されることになる。賃料を1本の帯の長さで表現するなら、価格はそれを横に何本も並べてできる面の広さとして表現できるのである。

たとえば、近くに新駅が開業される見通しとなった場合、その周辺の地価は(今時点で何ら利便性に変化がなくても)上昇するだろう。開業に向けてどんどん上がると考えられる。

では、賃料はどうか。おそらく開業数ヶ月前にならないと上昇しないだろう。

価格は将来の価値(予測)を織り込んで変動する。賃料は今の価値のみを反映して変動する。そのため、賃料は価格に遅行するのである。地価の下落が予測される場合も同様だ。

「遅行性」の原因のもう1つは、借地借家法による「正当事由」制度や、判例による「継続賃料抑制主義」を背景とした賃料値上げの困難性に見出せる。

たとえば時価1億円の不動産を賃貸したところ、その2年後にその時価が10%アップし、新規賃料相場も10%アップしたとする。しかし、だからと言って「では継続賃料も10%アップ」という訳にはいかないのはご承知の通りである。その結果、価格が長期にわたって上昇を続ける時代において、継続した賃貸借契約の賃料は、価格及び新規賃料からどんどん下方乖離してゆくのである。

では、反対に価格が長期にわたって下落を続ける時代においてはどうか。上方乖離するかと言うと、そうではない。賃借人からの契約解除が容易(土地賃貸借の場合はそうはいかないが)だからである。賃借人は、安い所へ引っ越すことができるのだ。そのような時代には、賃貸人は、出て行こうとする賃借人を引き留めるため、賃料を相場の水準にまで下げざるを得ないのである。バブル崩壊後、あるいはリーマンショック後の賃貸市場に多く見られた事象である。

上昇局面で継続賃料は大きく遅行し、下落局面ではあまり遅行しないと言うことができる。

さて、前者の「遅行性」(@)と後者の「遅行性」(A)とは、明確に区別できる。整理すると下表の通りだ。なお、Aの「遅行性」を@と区別し「粘着性」と呼ぶこともある。

   対象  比較相手    原 因
@ 新規賃料 価格 将来予測を織り込むか否か
A 継続賃料 価格・新規賃料 正当事由、継続賃料抑制主義

賃料の「遅行性」に付いての「解説」には、上記2つのどちらか一方のみ、または両方を混同したものまで見受けられる。両者は異なるものと整理・認識しなければならない。


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