BRIEFING.555(2021.05.10)
売る側の価格と買う側の価格(1)
H社をスポンサーとするH投資法人は、東京都内にH社が所有していたビル(不動産信託受益権)を取得した。その取得価格と鑑定評価額は次表の通りである。取得決定日と価格時点との若干の相違を無視すると、H投資法人は鑑定評価額より安く取得することができたと見ることができる。
取得価格 | 鑑定評価額 | 率 | 取得先 |
|
決定日2020.10.14 | 価格時点2020.9.1 | (取得/鑑定) | ||
Aビル | 3,200百万円 | 3,366百万円 | −4.9% | H社 |
Bビル | 4,900百万円 | 5,229百万円 | −6.3% | H社 |
しかし、譲渡したH社から見たらどうであろう。鑑定評価額より安く譲渡してしまったということにならないだろうか。
同時にH投資法人は、東京都内に所有していたビル(不動産信託受益権)をH社等に譲渡している。その譲渡価格と鑑定評価額は次表の通りである。譲渡決定日と価格時点との若干の相違を無視すれば、H投資法人はうまく鑑定評価額より高く譲渡することができたと見ることができる。
譲渡価格 | 鑑定評価額 | 率 | 譲渡先 |
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決定日2020.10.14 | 価格時点2020.8.31 | (譲渡/鑑定) | ||
Cビル | 4,450百万円 | 4,310百万円 | +3.2% | 非開示 |
Dビル | 3,890百万円 | 3,870百万円 | +0.5% | H社 |
Eビル | 3,705百万円 | 3,700百万円 | +0.1% | H社 |
しかし、取得したH社から見たらどうであろう。鑑定評価額より高く取得してしまったということにならないだろうか。この疑問に対しては、次のような答えが考えられる。
@鑑定評価額には幅がある(ストライクゾーン説)。上下数%なら適正。
Aこの鑑定評価額はH投資法人が取った鑑定評価額。H社には関係ない。
B両当事者の立場も事情も様々。鑑定評価額は価格決定の参考に過ぎない。
確かに@は避けられない問題である。特に価格形成要因が流動的で予測不可能な場合、鑑定評価額には大きな差が生ずるもの。上記売買価格はいずれもストライクゾーン内、適正と言ってよいだろう。しかし、H投資法人の売買全てにわたって「高く売れました」「安く買えました」という結果になるのは不自然だ。偶然と理解しておこう。
Aについては誤った考え方である。鑑定評価額は、原則として正常価格(合理的な市場で形成される市場価値を表示する適正な価格)であるから、特殊な事情を持たない全ての市場参加者にとっての時価である。したがって、この鑑定評価額は、H投資法人のみならずH社にとっても適正な価格であるはずなのである。
H社がその鑑定評価額を知らされず、自ら鑑定評価を取ることもせず、この鑑定評価額より安く譲渡し高く取得してしまったとすればH社の手落ちと見られかねない。
H社側でも別途鑑定評価を取っており、その結果「高く売れました」「安く買えました」ということであれば問題ないが、今度は、鑑定評価とは一体何なのか(依頼者に都合のよい価格?)という問題が生ずる。もちろん、偶然そうなったということもあり得るのだが。