BRIEFING.96(2005.7.28)

賃貸住宅における原状回復費と市場の縮小

賃貸住宅における明渡し時の原状回復義務の範囲には、通常の使用による損耗分を含まないと解される。しかし、その範囲を過大に解釈すると、賃貸住宅市場を縮小させる可能性がある。

今、市場には次の2種類の賃借人がいるとする。

@「通常の使用」の範囲内ではあるが荒っぽい使用をする人
A日常の清掃を怠らず丁寧に使用する人

賃貸人は@の人を避けたいが、契約の段階ではどちらのタイプかの情報がないため、@Aの区別なく賃貸せざるを得ない。

しかし@の人に賃貸してしまった場合の負担は大きく、それを@A両方の人の賃料から回収しようとする結果、賃料は、@の人にとっては割安、Aの人にとっては割高となる。

Aの人は、自分は汚さずに使っているのに他人の「通常の使用による損耗」の回復費用まで持たされるのはかなわない、と考える。分譲なら自分の汚れにのみ責任を持てばよいからである。

すると@の人は市場に残るものの、Aの人の一部は分譲に逃げるだろう。

すると@の賃借人の割合が高まり、賃貸人の負担はより大きくなる。それを賃料で回収しようとすると賃料水準はさらに上昇する。

この繰返しにより、市場には@の人だけ、さらには特に@の性格が強い人だけが残ることとなる。

かくして賃貸住宅市場は縮小してゆく可能性がある。

これは、自動車保険市場を例に説明される「情報の非対称性」に類似する。

保険会社が、契約者についての情報を有しないため、事故を起こしやすい人ばかりが市場に残り、保険料は高騰し、市場は縮小し、さらにモラルハザードの問題も生ずる。

賃貸住宅の場合も、契約段階で賃貸人には、賃借人が@かAかの情報がない。

これを解決するためには「通常の使用による損耗」の回復費用を賃料に折込まず、これらを明渡し時に個々に査定して徴収するというのも一案である。そうすれば、賃料水準が下がってAの人も市場に回帰する一方、@の人も丁寧な使用を心がけるようになり、クロスの張替え頻度も下がり、地球環境の保護にも資するのではないか。

但し費用の査定には公正・妥当な判断が必要不可欠で、これが大変に困難なことなのである。


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