BRIEFING.485(2018.11.14)

「実質賃料」の違和感

国内総生産GDPには名目値と実質値とがある。前者は実際に市場で取引されている価格に基づいて推計された値で、後者はある年からの物価の上昇・下落分を取り除いた値である。前者には、インフレ・デフレによる物価変動の影響があるため、経済成長率を見るときには、後者の成長率、すなわち実質経済成長率で見るのが一般的である。そして、両者の関係は次の様に示すことができる。

名目GDP÷GDPデフレータ=実質GDP

GDPデフレータは、概して言うなら、物価の変動率である。

同様に賃金についても名目値と実質値がある。名目賃金とは、支払われた貨幣額で表示された賃金、実質賃金は、これを消費者物価指数で割った賃金のことである。実質賃金で、物の値段に対し本当に賃金が上がったかどうかを見ることができる。厚生労働省の毎月勤労調査では、実質賃金指数を次の様に算出している。

名目賃金指数÷消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)=実質賃金指数

金利についても名目と実質がある。名目金利は見かけの金利で、実質金利はそこから物価変動の影響を取り除いた金利である。取り除く方法としては、名目金利から物価の変動率を引くことが多いが、正確には除するべきである。両方法の違いを例示すると次の通りだ。結果に大差はない。

名目金利3% −物価変動率1% =実質金利2%
名目金利103%÷物価変動率101%≒実質金利101.98%

さて、不動産鑑定評価の世界には、支払賃料・実質賃料という用語がある。支払賃料とは各支払時期に支払われる賃料をいう。受取る側からみても「支払賃料」で、「受取賃料」とは言わない。契約に当たって、権利金、敷金、保証金等の一時金が授受される場合においては、当該一時金の運用益及び償却額と併せて実質賃料を構成するものである。概して言うなら、両者の関係は概ね次の通りだ。

支払賃料=実質賃料−(権利金等の運用益・償却額+敷金等の運用益)

ここで言う「実質」は物価の変動とは関係がない。したがって、次の@の様な言い方は間違い、Aは正しい。

@物価が下落したので「実質賃料」は上がった。→×
A敷金が多額だったので「実質賃料」は案外高い。→○

@は時の経過に伴う物価変動による賃料の重さの変化について述べており、Aは一定の時点における賃料の見かけと実質の相違について述べている。不動産鑑定評価になじみのない人(大部分の人)にとっては@も頷ける表現だろう。GDPや賃金、金利に理解が深い人なら、むしろ@の方が理解しやすく、Aに違和感を抱くのではなかろうか。

(公財)日本賃貸住宅管理協会は、不動産鑑定評価の言う「実質賃料」と同様の考え方に基づく賃料を「めやす賃料」と呼んでいる。これも内容を聞かねば意味不明だが、不動産鑑定評価における「実質賃料」も混乱を招きかねない表現である。


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