BRIEFING.512(2019.10.21)

取引事例の選択過程

不動産の価格を求める手法の1つ、取引事例比較法においては、市場において発生した取引事例を価格判定の基礎とするもので、多数の取引事例を「収集」することが必要となる。そして原則として近隣地域または同一需給圏内の類似地域に存するものの中から適切な事例を「選択」することになる。

「選択」に当たっては前述の点以外に、以下の3要件を具備することが求められている。これらをまとめて「事例選択の4要件」 と言う。

@取引事情の正常性または補正可能性
A時点修正可能性
B地域要因・個別的要因の比較可能性

通常、この選択の過程、すなわち、なぜその事例が選択されたか(またはされなかったか)は明らかにされない。そのため選択過程は闇の中であり、次のような疑念が生ずる。

@意図的に高め、または安めの事例ばかり選択したのではないか。
A地価動向の曲がり角を示唆する事例を見逃していないか。
B特定の要件のみを緩和(例えば要因比較可能性のみを広く解釈)していないか。

@は許されることではない。Aは、先見性ある取引価格(以下「先見値」という)を単なる「外れ値」「異常値」と見誤っいないか、Bは、適当な事例が少なく選択要件を緩和せざるを得ない場合に、偏った緩和をしていないか、という心配である。

その疑念を払拭するためには、鑑定評価書の中でその過程を明らかにする必要がある。具体的には、収集したすべての事例について、一定の客観的基準によって第一段階の選択を行い、その上で鑑定評価の主体の主観的判断も含めた第二段階の選択を行うべきである。

その際、第一段階の選択(客観的選択)の基準を明示すべきである。さらに、第二段階の選択(主観的選択)の理由を明らかにするとともに、選択された事例の軽重にも触れるべきである。

これにより、第二段階で不選択とされた事例が明らかになり、近隣地域をとりまく価格動向をより深く立体的に把握することができるのではないだろうか。例えば、極端に高いまたは安い取引が散見される圏域だ、とか、ミニ開発の宅地が非常に高価で取引された、とか、形状が悪い割に高く取引されている、とか・・・。

統計の世界では、他のデータと比べて、極端に大きいまたは小さい値は「外れ値」と呼ばれる。その中でもその原因(測定ミスや入力ミス)が判明しているものが「異常値」である。この「異常値」を排除することは当然として、そうでない「外れ値」の扱いは難しい。

不動産鑑定評価において収集された取引事例についても、その扱いは悩ましいが、少なくとも、選択せずに排除(なかったことに)するのはいかがなものだろうか。選択した上で「外れ値」としつつ参考に止めるか、選択した上で「先見値」として勘案するのか、その判断過程を示すべきではないだろうか。

投機的買進み、投げ売り・・・これらの事例は参考に止め、比準価格に影響させないとしても、これらの存在を無視すべきではないと考えるがいかがだろうか。


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