BRIEFING.537(2020.09.10)

賃料の「合意時点」と「適用時点」

不動産の賃貸借契約は通常長期間に及ぶため、様々な環境に変化が生じて従前からの賃料が不相応となり、契約当事者は、契約期間中、あるいは契約更新時に賃料を改定することができるのが原則(借地借家法第11条第1項、第32条第1項)である。

こうして賃料が改定された場合、及び新たな契約によって決定された場合、その時点は「最終合意時点」あるいは「直近合意時点」と呼ばれ、その賃料が次に改定される際の基準とされる。不動産鑑定評価基準では「契約当事者間で現行賃料を合意しそれを適用した時点」を「直近合意時点」と定義している。

賃料改定を巡る裁判では「直近合意時点」における賃料を基準とし、次の2つの概念が重要視されている。

@「直近合意時点」以降の「事情変更に係る要因」
A「直近合意時点」までの「諸般の事情に係る要因」

「直近合意時点」の合意を基本とし、それ以降の変動要因に注目(@)しつつも「直近合意」の妥当性も一応疑ってみる(A)、と解釈することができる。賃料改定に係る協議は、両者ともに契約関係から離脱できない中、有する知識や経験、割ける時間や人材に差がある両者間で行われることが多い。これでは公平な協議にならない。そこに目配りする趣旨と思われる。

ここで1つ指摘しておかねばならない点がある。「直近合意時点」とその合意結果の「適用時点」(改定日・更新日)の峻別の必要性である。

前述の「直近合意時点」の定義では「合意しそれを適用した時点」となっており「合意時点」と「適用時点」を区別していないことが分かる。しかし両時点の間に環境の急変、例えば今回の「コロナ・ショック」や2008年の「リーマン・ショック」、大地震等が起きることもあろう。好景気を背景に値上げを「合意」をしたものの、景気が縮小した後に「適用」となる場合もあるのだ。

当面はこれを(上記の例では借主が)“不運”として結果を容認したとしても、容認し難いのは、次の改定時である。冒頭述べたように「直近合意時点」の賃料が基準とされるところ、「直近合意時点」と「適用時点」(改定日・更新日)とが同一視され、前者における改定賃料は、後者における社会経済的環境下で合意・決定されたものと見なされるおそれがあるからだ。

本来は両時点を厳密に区別すべきであるが、前者の時点は正式な文書に残りづらく、また現実には上記例のようなことは滅多にないから、合意の月日が正確に特定されることもない。

このことは、実は、事業用定期借地及び定期建物賃貸借の再契約の際に生じやすい問題である。後者の場合、借主が貸主から「期間満了通知」をその1年前から6ヶ月までの間(借地借家法第38条第4項)に受け、再契約の協議を始めることになる。この時、貸主としては再契約ができなければ引っ越し先を早急に見つけねばならず、ぎりぎりになって慌てることのないよう、早期に再契約の合意をしたいし、貸主としても空室期間が生じないよう再契約には前向きなはずである。その結果「合意時点」は「適用時点」の数ヶ月前ということになりがちである。前者の場合は、法定の通知期間はないものの、原状回復(更地化)の期間を考慮すれば同様である。

賃料改定に際しては、「直近合意時点」とその「適用時点」間に環境の急変がなかったかを見極め、必要に応じ両時点を峻別する必要がある。


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