BRIEFING.556(2021.05.18)

売る側の価格と買う側の価格(2)

H投資法人とそのスポンサー企業であるH社の間の不動産(不動産信託受益権)の取引価格と、不動産鑑定評価額との関係について、前回、次の3つの答えを用意した。

@鑑定評価額には幅がある(ストライクゾーン説)。上下数%なら適正。
Aこの鑑定評価額はH投資法人が取った鑑定評価額。H社には関係ない。
B両当事者の立場も事情も様々。鑑定評価額は価格決定の参考に過ぎない。

前回、@を容認しつつ、H投資法人の売買全てにわたって「高く売れた」「安く買えた」ことは「偶然」なのだろうと結論付けた。

また、Aは鑑定評価額に対する考え方として誤っていると指摘しつつ、H社も別途鑑定評価を取っていて「高く売れた」「安く買えた」であったなら「鑑定評価の一体何なのか説」容認か、あくまでも「偶然」で説明するかに言及した。

では、Bについてはどうだろうか。

Bは「鑑定評価の一体何なのか説」を認めて開き直るかの様ではあるがやや違う。いや、本質的には全く違うと言い切ってよい。

Bの考え方は、鑑定評価額は両者とって適正(@はあるにせよここでは目をつぶる)であるが、両者の置かれている立場や抱えている事情は様々で、それを踏まえて、鑑定評価額より高い価格で取得しても、安い価格で譲渡しても、理由があるなら全く問題ないというものである。

鑑定評価額は、市場の価格、市場並みの価格と言ってもよい。市場の誰もが考えそうな価格というべきかも知れない。だが、H投資法人もH社も不動産のプロ中のプロであるから遠慮はいらない。鑑定評価額なんぞ分かっているけど、相手のいることだしライバルもいる。それより高くても当社にとって買うべき時は買う、安くても売るべき時は売る、という水準を見極めているはずである。

プロは鑑定評価額など気にしなくてよいのである。参考にする程度でよいのである。

そうは言っても、株主や投資家にはその根拠を説明せねばならない。彼らはプロではない。鑑定評価額(市場の適正な価格)より高く買う、安く売ることに不安があるだろう。「どうしてなんだ!」当然の疑問である。ましてや両当事者が、投資法人とそのスポンサーともなれば利益相反も疑われる。

そこでプロが説明すればよいのである。鑑定評価額はこうですが、我々にとってはこうだと判断しました、あるいは、市場はこう見ていますが我々はこう考えています・・・と。

それにしても、H投資法人の取った鑑定評価額を用いれば、いずれもH投資法人に説明し易く、H社には難いのは不自然だ。さらに、H投資法人が、個々の取得・譲渡について、投資主に詳しく情報開示しなければならないのに対し、H社は株主に対しそこまで詳しく説明する必要はない、という背景もあり、これら売買価格と鑑定評価額との関係が本当に「偶然」なのかとの疑念も湧く。

多忙なプロは素人に説明するのが面倒になり「鑑定評価額より安く買って高く売ってるんだから文句ないでしょ」で済ませたくなりがちなのではといった妄想も脳裏を過る。

不動産のプロよ、鑑定評価を超えて行け。説明責任を携えて。


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