BRIEFING.568(2022.01.27)

不動産鑑定評価の「再現性」

同一条件の下では、誰がいつ実験しても同じ結果が得られることは科学の根幹のひとつである。これを「再現性」といい、科学の論文には、実験の条件、方法等が詳細に開示され、それに基づいて他の人が同じ実験を行ったならば、同じ結果が得られなければならない。得られるはずである。

「再現性」が認められない場合には、実験結果の捏造が疑われる。「私がやった時には確かにこうなったんだ」と言っても受け入れられない。

不動産鑑定評価においてはどうだろうか。同一時点の同一対象不動産について、他の人が鑑定評価を行った場合はどうだろうか。「再現性」はあるだろうか。鑑定評価書の記載項目に沿って考えてみる。

<一般的要因の分析>
鑑定評価額を決定した理由の概要の冒頭に記される、一般経済社会の情勢を述べた部分である。景気の状態、地価の動向等、過去についての認識は同じでも、将来予測については、弱気の人もいれば強気の人もいる。ここでの分析が、後の時点修正率や還元利回りに表れてくるから「再現性」の基礎となる部分かもしれない。

<地域要因の分析>
近隣地域における価格形成要因の把握は「再現性」が確保されるべきところである。街路条件、接近条件、環境条件、行政的条件、その他、見落としや誤りがあってはならない。なお、地域における標準画地の想定に相違がある場合もある(あってもおかしくない)が、後述の要因比較がそれを踏まえたものなら「再現性」は保たれることになる。

<個別的要因の分析>
ここでも「再現性」が確保されるべきだ。最有効使用の判定にも確保されるべきだが、不動産によっては難しい(しかしながらやむを得ない)場合もあろう。

<取引事例の収集・選択>
不動産鑑定評価書に通常、収集・選択の過程は示されない。したがってその過程が適切・妥当だったのか、検証しようもない。そして同じ事例が選択されるという「再現性」は現実にはかなり難しいように思う。地域要因の類似性を重視しがちな人と、個別的要因の類似性を重視しがちな人がいることがその原因の1つだろう。時点の近似性や、規模の類似性にこだわる人もいる。

<取引事例比較法の適用>
各取引事例の標準化補正、時点修正、地域要因比較、個別的要因比較の各過程は、価格形成要因毎に鑑定評価書に記載される。この内、時点修正率はヤマ勘的なところもあるから「再現性」は難しい。要因の格差率も主観に左右される部分が大きい。特に「繁華性」とか「居住環境」となるとプラスマイナスが逆転してしまうこともある。ここに「再現性」は望めまい。

<収益還元法の適用>
今後の収益性を予測することであるから、差が出て当然。そもそも「再現性」には馴染まない。

<試算価格の調整と鑑定評価額の決定>
試算価格をどう調整するのか。これも主観によるところが大きい。やはり「再現性」には馴染まない。

不動産鑑定評価は科学の実験ではないから「再現性」を云々する必要はない。しかし人によって結論が異なり「こういうもんです」でよいはずはない。せめて「誤差」と言える範囲で再現したい。


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