BRIEFING.570(2022.02.24)

不動産鑑定評価の女神は目隠しをするべきか

裁判所や弁護士事務所で見かける勇ましい女性像は、正義の女神「テミス像」である。剣と天秤を手にして立つこの女神は、司法、裁判の公正さを表す象徴とされてきた。天秤は正義や公平性、剣は強さや実行力を表しており、両者が揃って正義が実現できるという訳である。

ところが、女神はなぜか目隠しをしている。正義の女神には、目を見開いて間違いのない正義を見つけ出してほしいものだが、目隠しをされて(して)いては勘頼み、手抜き、ステレオタイプの判断、といった印象も受ける。念のため申し上げておくと、目隠しの真意は、相手の顔を見ない、即ち、先入観、差別、忖度、依怙贔屓を排除するという気持ちの表れである。

答案や技術、芸術を採点・評価する場合には大いに意識すべきことである。オリンピックの採点競技においてはとても重要だ。一方で、弱者への配慮や情状の酌量が必要な場面もあろう。

さて、不動産鑑定評価の女神に目隠しは必要だろうか。

まず、目隠しをせず、対象不動産の近隣地域を見て回り、対象不動産の内外を見て回る(実査という)ことは言うまでもない。

ただ、実務上、機械や工具がなければ見ることができない、あるいは特殊な技術がないと危険、といった場所まで見る必要はないと考えられる。また、機密書類があるから、高度な技術の研究をやっている建物なので、あるいは、建物の賃借人が拒否した(または拒否するだろう)から、といった理由で中を見ることが叶わないことも多い。こうして目隠しをさせられる場面も多い。

他の階はこことほぼ同じだから、EVはどれも同じだから、階段は東西同じだから・・・立ち会ってくれる方もお忙しいだろうし、こっちも早く済ませたいし・・・こんな場合は、自ら、または忖度して目隠しをすることになる。賃貸借契約書も多数となれば、代表的な物しか見ないのが普通だ。

また、調査に費用がかさむまたは困難である土壌汚染、有害物質(PCB、アスベスト等)、埋蔵文化財、地下埋設物、施工不良については、端から調査を行わない、または簡易な調査のみでその存在に端緒が見られなければ無視する(価格形成要因から除外する)という条件付けをする場合が多い。

では、相手(所有者や依頼者)の顔は、目隠しせずにしっかり見るべきだろうか。つまり、物としての不動産そのもの以外に、依頼目的や、依頼が必要となった背景にまで踏み込むべきなのだろうか。あるいはこのような依頼者の主観的情報は、鑑定評価の邪魔になるだけなのだろうか(採点競技の審判員にこのような情報は邪魔になる)。

この点「不動産鑑定評価基準」は「依頼目的」を必要な記載事項と定めている。即ちその背景も含めてそれを把握することが必須なのである。その真意は、鑑定評価の際に付される「鑑定評価の条件」(対象確定条件、想定上の条件、調査範囲等条件)が、依頼目的等に照らし、また合法性、実現性、利用者の利益を害さないかの3点にも照らして、妥当か否かを判断する必要がある、ということである。

前述の目隠し(実査の一部省略)の妥当性を、相手の顔を見て(依頼目的等を聞いて)判断すると言ってよいだろう。その結果、鑑定評価額が変わるのかと問われれば、目隠しの範囲が変わったならば、それによって鑑定評価額が変わる場合もある、と言うべきだろう。

不動産鑑定評価の女神は、目隠しなしで依頼目的等を把握した上で、対象不動産を見る時の目隠しの程度を変化させるのである。


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