BRIEFING.581(2022.08.25)

借家権者による当該貸家及びその敷地の取得

不動産鑑定評価によって求められる不動産の価格には、正常価格、限定価格、特定価格、及び特殊価格がある。このうち最も多く求められるのが、正常価格であり、時価とか市場価格といった概念の価格である。不動産鑑定評価基準は正常価格を「市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格」と定義しているが、リズムが悪く解り辛い。2番目に挙げた限定価格の定義はさらにその上を行き、意味不明であるため、ここでは引用を避ける。

不動産鑑定評価基準は、意味不明の限定価格の理解を助けるため、限定価格を求める場合を3つ例示している。1つ目は借地権者が底地の併合を目的とする売買に関連する場合、2つ目は隣接不動産の併合を目的とする売買に関連する場合、3つ目は経済合理性に反する不動産の分割を前提とする売買に関連する場合、である。

これら3つの例を知れば概ね理解できるだろう。他の誰より得になる、特定のある人が買う場合の価格ということになる。但し売る方も心得たもので、足元を見てくることは容易に想像ができる。「特定のある人」に丸々得をさせはしない。その「得」の分配方法については措くとする。

さて、例にはないが、借家権者が当該借家及びその敷地を併合する場合はどうであろうか。家賃を払っているテナントが、借りている建物(及びその敷地)を買取るような場合である。

借家権は、借家権の取引慣行がある場合には、その価格が求められるが、取引慣行がない場合には、借家権が取引の対象とならないため、価格は0円ということになる(不随意の立退きが伴う場合を除く)。なお、取引慣行がある場合というのは、都心の繁華街や有名観光地の貸店舗等の場合に限られる。

一般に0円と考えられる借家権であるが、それが付着した建物及びその敷地、つまり「貸家及びその敷地」は、それが付着していない「自用の建物及びその敷地」に比して、多くの場合価格が低い。取得しても自分では使えない上、価格に見合う賃料が取れていない場合が多いからと考えられる。

しかし「貸家及びその敷地」を当該借家権者(特定のある人)が買取る場合、結果的に「貸家及びその敷地」が「自用の建物及びその敷地」となり、次表の如く増分価値が生ずる。一方、当該借家権者以外の人(一般の人)が買取っても「貸家及びその敷地」は「貸家及びその敷地」のままであり、増分価値は生じない。つまり借家権者による「貸家及びその敷地の」買取りは、上記限定価格の例示にはないが、借地権者による「底地」の買取り同様、限定価格を求める場合の1つと考えられる。

      対象不動産 正常価格

 
借家権    0
貸家及びその敷地  100
 単純合計  100
 併合後(自用の建物及びその敷地)  120
 増分価値   20

「借家権」を「貸家及びその敷地」所有者が買取るが場合にも同様に増分価値は生ずる。しかし、限定価格一般に言えることであるが、売買の当事者の買いたさ、売りたさは様々で、客観的には計り知れない。正常価格だから譲れとか買取れと相手に強制できるはずはないし、併合によって生ずる増分価値を全て相手方にくれてやる(安く売る、高く買う)としても、拒まれればそれまでである。そこに限定価格の限界があり、立ち退き料や補償によって、双方の主観的な価値の差を埋めてゆく必要がある。


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