BRIEFING.585(2022.10.07)

敷金・保証金の償却と所有者の変更

建物賃貸借契約に際し賃借人から賃貸人へ授受される一時金には、敷金、保証金、権利金、礼金等があるが、これらは、賃貸借契約の終了とともに返還されるもの(預かり金)と、されないもの(収益)とに分けられる。原則的には、敷金・保証金は前者、権利金・礼金は後者であるが、敷金・保証金の一部が、敷引きや償却といった名称で後者に該当する場合もある。

多くの場合、敷引き・償却の額は契約で当初から確定している(確定型)。しかし賃貸借契約の継続期間によってその額が変化するタイプのものもある。継続期間が長いほど多くなるタイプ(逓増型)と短いほど少なくなるタイプ(逓減型)がある。

逓増型・逓減型の場合、敷引き・償却の収益認識の時期は悩ましい。また確定型であっても、契約書に「契約の終了時に償却」と定められている場合、やはり悩ましい。

この点、法人税法基本通達2−1−41(保証金のうち返還しないものの額の帰属の時期)は「期間の経過その他当該賃貸借契約等の終了前における一定の事由の発生により返還しないこととなる部分の金額は、その返還しないこととなった日の属する事業年度の益金の額に算入する」としている。所得税法基本通達(36−7)にも、消費税法基本通達(9−1−23)にも同趣旨のものがある。

そうすると、確定型なら「契約の終了時に」とあってもそれは必ず訪れるから契約時に収益として認識しなければならない。逓増型ならその期間の到来の都度、確定した部分について収益計上することになる。逓減型の場合は(最終的に100%返還なら)解約するまで収益計上する必要がない。

敷引きや償却の金額が「契約終了時の賃料の○ヶ月分」となっている場合には扱いに困る。「契約終了時の賃料」が今より下落している場合もあろう。地域の衰退や建物の老朽化等で大きく下がる場合も考えられる。かと言って0円はないだろうからいくらかは契約時に収益認識すべきだろう。実務上は、当初の賃料を基本に認識する場合が多いのではないだろうか。契約終了時の賃料が当初賃料と同じという想定だ。もし途中で改定されたなら、その都度精算ということになろう。その間に消費税率が変わっておればかなり面倒臭いことになる(なお住宅の賃貸借は非課税)。

さて、このような賃貸中の不動産(貸家及びその敷地)が売買された場合の敷引き、償却の扱いも微妙である。賃借人に対する敷金、保証金の返還債務が新所有者に承継されるのは当然として、売買当事者間で行われる敷金・保証金の精算が問題となる。

賃貸借契約で「契約の終了時に償却」と定められている場合、賃貸人は、前述の通達に従い、契約当初に収益として処理しているはずである。そうすると、買主に引き渡す敷金・保証金は、敷引き後・償却後のもののみでよいことになる。

しかし、買主にしてみれば賃貸借の「契約の終了時」はまだ到来しておらず、敷引き・償却分も含めて引き渡せ、と言いたくなる。税務上の取り扱いはともかくとして賃貸借契約書を素直に読めばそう考えて無理はない。

そこで実務上は、仲介業者が一時金の明細を明確にした上で、売買代金とは別に(又は相殺して)精算し売買することとなる。この点、関西方式なら問題にはならない。敷引き、償却は、売買代金に織り込まれ、買主は(新賃貸人として)単純に賃借人に対する敷金返還債務を承継するのみである。

いずれにせよ賃借人には関係のない話である。前所有者(前賃貸人)と現所有者(現賃貸人)の両方から償却分が二重に差し引かれることがあってはならない。


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