BRIEFING.610(2023.11.30)

事例不動産に係る暗黙の条件設定

不動産鑑定評価によって不動産の価格を求める手法の1つ、取引事例比較法は、まず多数の取引事例を収集して適切な事例の選択を行い、これらに係る取引価格に必要に応じて事情補正及び時点修正を行い、かつ、地域要因の比較及び個別的要因の比較を行って求められた価格を比較考量し、これによって対象不動産の試算価格を求める手法である。

地域要因の比較及び個別的要因の比較に当たっては、各要因の調査・分析を行うが、それらは、役所での聴取、書類の閲覧、現地での目視が中心となる。

ただ、それだけでよく分からないことについては、他の専門家に調査を依頼することもあるが、一般的には、鑑定評価依頼者の費用や時間の制約から「対象不動産の確定」に際して条件を付けて、一定の事項については調査をせずに価格形成要因から除外するという方法が取られる。すなわち、その事項については、何にもないことにします、通常の場合を想定します、ということである。

なお、付加する条件は「対象確定条件」「地域要因又は個別的要因についての想定上の条件」「調査範囲等条件」に分けられるが、どんな条件でもOKという訳ではない。

たとえば「調査範囲等条件」については、「設定しても鑑定評価書の利用者の利益を害するおそれがないと判断される場合」に限られる。具体的には、別途所有者自身で行う予定だから、土壌汚染については調査しないといった場合や、依頼者の話や平面図等で推定できるので、賃借中の室内は調査しない(立ち入らない)といった場合があげられる。

では、取引事例比較法の適用に必要な事例不動産についてはどうだろうか。

取引事例は、国交省土地鑑定委員会が実施するアンケート調査による「土地取引状況調査票」を基礎に把握される。その回答項目には、取引価格の他、「取引の事情等」もある。但しそれについて詳しく書いて下さる買主は多くなく、土壌汚染の有無や室内の状況、給排水管の状況、筆界についての争いの有無等、分からないことだらけである。

そして、取引事例比較法の適用にあたり、それをどう想定したかも曖昧である。よく分からないまま、「土地取引状況調査票」及び外観目視のみから、全てについて通常の場合を想定する、というのが実務上の運用だろうか。いわば暗黙の条件設定である。

「情報の非対称性」は、情報の少なさが過度な低評価を招き市場が粗悪品ばかりになる状態を導く。しかし事例不動産については、粗悪品が粗悪品の価格で取引されたのに、暗黙の条件設定により粗悪品ではないと扱われ、それゆえ、粗悪品でないのに粗悪品の価格で取引されたことになり、結果的にその地域の地価水準が低目に査定されることになっているのではないだろうか。

そして、地域要因比較によって、近隣地域の価格水準も低目に、延いては対象不動産の価格も低目に・・・ということになる。

対象不動産については、限られた費用と時間の中で可能な調査を行うことができ、無理なものについては条件設定で対応する。一方、事例不動産については、建物内部の目視すら許されず、多くの点で「暗黙の条件設定」をしているものと考えられる。

事例不動産については、隔靴掻痒、葦の髄から天井を覗くのごときである。これが鑑定評価額にどのような影響を及ぼしているかはともかく、少なくともその現実は認識しておかねばなるまい。


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